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「私はあの月に焦がれているのかもしれないな」 月明かりだけの夜の縁側で、秋子と友雅が佇んでいたときだった。 友雅は切なげに目を細め、月に片手を伸ばしてそう呟いた。 その容姿故に艶やかに見えるその友雅の仕草に、一瞬にして捕らわれてしまった秋子の視線は泳ぐばかりだ。 「唐突すぎてしまったかな」 そんな彼女の様子を察して、友雅は艶やかな笑みを浮かべる。 秋子の歩幅程あった二人の距離をゆるやかに狭め、 ついには拳3つ分ほどにまでなったそれをまるで楽しむかのように 友雅は秋子の瞳を覗き込んだ。 その上に止めをさすかの如く、秋子の柔らかな頬に手のひらを添えられては 男性に免疫のない秋子の頬が朱に染まるのも無理はなかった。 慌てて自分の頬から友雅の手を引き離し、元の距離に戻す。 そして、赤く染まった自分の頬を手のひらで包み込んで友雅に 少し怒りを含めた視線を投げかけた。 「話しているときにそんな近づかなくても…!」 「ふふ、すまないね。なんだか人肌が恋しくなってしまってね」 「たまにシリアスになったかと思えば…」 秋子が眉をひそめてぼそりと呟いた聞きなれない言葉に 友雅は首をかしげた。 現代、つまり別の世界から来た秋子は度々理解できない言葉を使う。 それはあかねや天真や詩紋も同様で、 土御門の屋敷内では京に住まう人たちが聞きなれない言葉に首をかしげることもしばしばである。 そんな状況に秋子がやっと気がついて、慌てて補足を始めた。 「あ、えっとシリアスっていうのは…深刻そうだなっていう意味です」 「秋子殿には私が深刻そうに見えたのかね?」 ふたりの間を夜風が通り抜ける。 未だにふたりを照らしてくれるのは遥か彼方に見える三日月だけだ。 その三日月も薄い雲がかかっていてはっきりとは確認することができなかった。 「あれでそう見えなかったらびっくりです」 「そうかい?」 「鏡を見たらわかると思いますよ、ひどい顔でしたから」 秋子はいたずらっぽく笑った。 「ひどい顔、ねぇ」 「なんですか、その顔は」 「いや、そのひどい顔に見惚れていたのは誰だったかなと思ってね」 「え、いや、見惚れてたわけじゃないですから!」 「そうなのかい?残念だ。まぁ、でも」 今度は友雅がいたずらっぽく微笑む番だった。 「君のあんな情熱的な視線がいただけるなら、ひどい顔になるのも良いものだね」 やっと先ほどの頬の熱が冷めたと思った矢先に、さらなる熱が秋子の顔を襲った。 からかったはずだったのに、逆にからかわれてしまった。 元気付けるつもりでからかったのが、どうやら水の泡である。 どうあっても彼には敵うはずがないのだということを、 秋子は今学んだのだった。 友雅と視線を交わすことさえもがなんだか恥ずかしくなって、 秋子は思わず視線を空に向けた。 「ほ、ほら友雅さん!月、綺麗ですよ」 「ああ、そうだね。思わず手を伸ばしたくなってしまうほど、綺麗だ」 自然と友雅の視線も月に向かう。 薄い雲に覆われた月は手を伸ばしても手に入れるどころか、触れることも出来ない。 「届かないと知って尚執着する私は滑稽だろうね」 秋子に聞こえないように、ぽつりと言葉をこぼした。 本当に欲しいものは綺麗な月ではない。 けれど、ひどく酷似しているのだ。 儚く美しいが、手を伸ばしても決して届くことのない様が。 否、今ならば、彼女へ届くのかも知れない。 それでも彼女は決して届かない場所へ行ってしまう時がやってくるのだ。 こんなに本気な自分は初めてでどうしたらよいのかさえもわからない。 そうだというのに、この気持ちのあきらめ方を知っているはずもないのだ。 どうか、どうか。 手をのばせば君へと届く、今この時を永遠に――――。
永遠を望むことが浅はかなのは知っているけれど。 |