なぜ今、自分がこの場所にいるのかさえもわからない。 ただ訳も分からないままに、ひとりぽつんと教室で佇んでいる僕の様子は他人の目にどう映るであろうか。 元々、僕は人の目を気にする方ではないから、そんなことはどうでもいいのだけれど。 それでも、いつもは煩いほど賑わっているはずの教室がこんなにも静かであると、どうも調子が狂う。 居心地が悪くなってふいに目線を向けた先、ようやくその理由を見つけた。 半分ほど開いている窓から流れてくる風が、心地よく、真っ白なカーテンを揺らして、 思わず目を見開くような鮮やかな朱色の空がちらちらと顔を覗かせていた。 気がつかなかったが、もう夕方なのだ。 「加地くん」 優しい雰囲気こぼれる景色に溶け込むように、そのやわらかな声は響いた。 「あ、れ?さん、いたの?」 さっきまでは確かにこの教室には僕一人しかいなかったはずだ。 不思議に思いながら尋ねてみても、彼女はやわらかく微笑むだけだった。 確かにさんは普段からそんなに率先して話す方ではないが、冬海さんみたいに口下手というわけでもない。 クラスでも明るく、日野さんとは特に仲がいいようで、いつも行動を共にしている。 さんは、コンクールで日野さんの伴奏者をつとめていたらしく、 それ故に学園内では二人そろって有名だ。(ちなみに、さんのピアノの腕は土浦のお墨付きである。) 「さん?どうかした?」 再度の呼びかけにも、彼女は同じ反応を返すだけだった。 その彼女の反応が、妙にもどかしくて。 なぜこんなにもどかしく感じるのかは分からないけれど、 微笑むだけじゃなくていつものように返事を返してほしかった。 彼女のあのやわらかな声が、聞きたかった。 さんに近づいて、その腕に触れようとした瞬間――――、 目が、覚めた。 ********* 朝日が妙に目にまぶしくて、思わず目を細める。 やっと見慣れてきた新しい通学路を歩きながら考えるのは、今朝の夢のこと。 なんだってまた、あんな夢を見たのだろうか。 僕も僕で、あれはただの夢なんだと割り切ればいいのだが、なんだかもやもやと心が騒ぐのだ。 理由はよくわからないけれど。 「あ、加地くん!おはよう!」 「やあ、日野さん。おはよう」 「あれ、なんだか元気なさげだね。何かあった?」 「何でもないよ。ふふっ、嬉しいな。日野さんが心配してくれるなんて」 「…なんか、心配して損した」 いつものように挨拶を返してみても、まだ気分は落ち着かない。 「あ、あれじゃない?ー!おはよー!」 ゆっくりと振り向いたさんが、歩みを止めてふわりと微笑んだ。 そこに、日野さんが走って駆け寄る。 僕の中のもやもやも一層騒ぎ始める。 よくわからないこの気持ちを整理するまでは、まだまだ時間がかかりそうだ。 とりあえず、夢の中で聞けなかった君の声が聞きたくて。 僕も、日野さんの後に続いて、君の隣へ歩もうと思う。 (07.10.15) |