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恋だ愛だのと、ただの人事ならばこんなに悩まなくてもよかったのにと僕は深く思う。 この胸いっぱいに溜め込んでいる溢れんばかりの想いを、どうしたら言葉に乗せて表現できるのだろう。 好き、は少し違う。だって、それじゃあ友達への好きとかぶってしまう。 愛している、もまたこの瞬間にふさわしい言葉なのかと疑問に思う。 つまり、この持て余すほどの想いを表現できる力は、残念ながら僕にはないということだ。 「だからね、つまり、そういうことなんだ」 「…あの、加地くんの言いたいことがよくわかんないんだけど」 「うーん。難しいなぁ、どうしたら伝わるんだろう?」 「ごめんね、察してあげられなくて」 鈴原さんが申し訳なさそうに言うものだから、ますます僕のなかで焦りが募る。 言ってしまえば、今までごちゃごちゃと述べていたことはただの言い訳に過ぎないのだ。 僕と鈴原さんの友達というこの関係を、 きっと良くも悪くも崩してしまうだろうこの気持ちを伝えようとする行為に対する言い訳。 なんだかとても情けない気持ちになる。 「鈴原さんが悪いんじゃないんだから謝らないで」 そもそも何故僕はこうして無謀にも鈴原さんに告白をしようと思ったのか、それは鈴原さんの親友であり、僕の憧れの音を奏でる存在である日野さんの影響だ。 彼女は鈴原さんの素晴らしすぎる魅力について語りつくした後、 鈴原さんがいかに異性に好かれているのかを力説し、僕に焦りという感情の種を撒いて行ってしまったのだ。 そのことが大きかったのだと思う。 そして、今この現状に至る。なんと情けないことか。 普段ならどんな場面であろうとも巧く回ってくれる僕の口だけれども、 今回ばかりはどうもお手上げ状態みたいだ。 そんなまぬけな展開、いったい誰が予想しただろう。 「それより、僕の方こそごめんね。貴重な練習の時間なのに」 「ううん、後はみんなと合わせる練習だけなんだけど今日は出来ないみたいだし」 「そっか。今度もアンサンブルは上手くいきそう?」 「もちろん。香穂子ちゃんがすごくがんばってくれてるからみんなすぐにまとまったよ」 本題とはかけ離れた方に回る僕の口が憎らしい。 そんな僕をよそに、とても嬉しそうに日野さんのことを話す鈴原さんの表情はとても柔らかく、優しかった。 それはまるで彼女のピアノの音色そのもの。 初めて彼女の演奏を聞いた時はとても驚いたものだ。 僕の憧れる日野さんの綺麗な澄んだヴァイオリンの音色に、 優しく包み込むように音を重ねる彼女のピアノの音色。 僕が鈴原さんに興味を持つことは必然であるかのようだった。 そして、偶然にも同じクラスだった鈴原さんと接していくうちに、彼女の音色はまさに鈴原さんそのものなのだと感じるようになった。 はじめは音に、そしてすぐにその音を奏でる本人に、僕は魅かれていったのだ。 「日野さんの音楽は人を引き寄せる力があるからね」 「うん。私、香穂子ちゃんの音好きだな」 鈴原さんは日野さんの音を思い出しているのだろう、微笑みながら、 目の前にあるピアノに触れた。 そして、何気なく音を紡ぎだす。 この音から溢れ出す彼女の柔らかな雰囲気が、たまらなく僕を魅了する。 ああ、この言葉にならない想いがすべて彼女に伝わればいいのに。 「それなんて曲?」 「うーん、なんだろう。ただの即興曲かな」 鈴原さんは笑いながら白い鍵盤に指を滑らしていく。 彼女らしい柔らかな、優しい旋律を繰り返して、繰り返して。 「僕、やっぱり日野さんの音も好きだけど、鈴原さんの音も好きだな」 「ふふ、ありがとう」 「だから一番近くで聞いていたいと思うんだけど、だめかな?」 僕の言葉によって、メロディーは突然の終焉を迎えた。 「僕、鈴原さんのことが好きなんだ」 結局僕はありきたりな言葉でしかこの想いを表現することができなくて落ち込む訳だけど、 目をまんまるに見開いて驚いた鈴原さんが、 次第に嬉しそうに頬を染めて頷いたものだから、 僕は呆気なく嬉しさで気分が上昇することとなった。 こうして僕らの恋が始まりを告げた。 01 おつきあいしてください |