心はまるでここにあらず、な状態が続いているのがまずかったのか、 僕のとろけきった顔が気に障ったのか、そこのところはよくわからない。 しかし、目の前の机に肘をついて、嫌そうに僕を見ている土浦の心境はなんとなく察しがつく。 だって、僕だって他人がこんな状態だったなら、きっとすごく面倒だと感じるだろうから。 でも、仕方ないじゃないか。だって、僕はこんなにも幸せだ。 「あのなぁ、加地。幸せなのは結構だが、惚気なら他あたれ」 「惚気じゃないよ、ただの相談じゃないか」 ため息をつきながらも僕の話を聞いてくれる土浦はとても面倒見の良い人だと思う。 自分でも内心しょうもないことだとは分かっているような内容だけれども、 初恋を実らせたような今の状態ではどんなささいなことでさえもが重大なことになるのだ。 それを力説したら土浦には白い目で見られたけれど。 「そんな相談、最初から結論見えてるだろ。後は行動に移すだけじゃないか」 至極めんどうくさそうに、土浦は顔をしかめて言った。 「それが出来ないから土浦に相談してるんだよ、僕」 「…堂々巡りだな」 頬杖をつきながらもう一度ため息をついた土浦を見た僕も、 本当のことを言えばため息をつきたいくらい切羽詰っている。 普段おかしなくらい行動的な僕だけど、なんだろう、 こんなにうじうじしてしまうなんて考えもしなかった。 「たかがメールだろ?そんなの適当に送りゃあいいさ」 「そうだけど、話題がないじゃない」 「それこそ愚問だ。お前、普段からしょうもないメール送ってくるくせに」 「あれは土浦が相手だから、だよ」 僕が頼りげなくそう言うと、相変わらず頬杖をついたままの土浦が悪戯ににやりと笑った。 「なんせ、愛しのへのメールだもんな」 「…土浦、僕は真面目なんだけどな」 「こんな惚気みたいな相談に付き合ってやってんだ、これくらい許せよ」 勝ち誇ったかのような清清しい笑顔を作った土浦に、 僕は彼に彼女が出来た時には必ず復習しようと心に誓った。 だって、なんだかやられっぱなしじゃくやしい。 それなら、そもそも土浦なんかに相談しなければいいじゃないかと言われそうだが、 恋する男はそれくらいの恥は受け止めるものなのだと考えるより他無い。 相談しなければ、今にも僕の頭の中はパンク寸前なのだから。 「なんてメールすればいいと思う?」 「そんなの“一緒に帰ろう”だとか“デートしよう”だとかそんなんでいいんじゃないか?」 「で、デートって!」 「なんだよ。付き合ってたら普通だろ、そんなもん」 人事だと思って軽々しく言ってのける土浦がとても憎たらしかった。 しかもその上、携帯をいじり出すものだからさらに憎らしさは募る一方だ。 「なんか土浦ってそういうの免疫あるよね、流石」 「は?今は俺のことはどうでもいいだろ」 「だって、なんか僕ばっかりやられてる気分でくやしいから」 「…もう相談は終了ということだな。お疲れ、加地」 「え、ちょ!土浦、待ってよ!」 土浦はさらに清清しい顔をして携帯をしまった。 そして、座っていた椅子から立ち上がり、教室のドアに向かって歩き出した。 僕はそんな土浦を慌てて呼び止めたけれど、 土浦はそれに対して振り返ることもせずにひらひらと手を振っただけ。 これはまずい、とても。 とにかく、彼の逃亡を阻止しようと立ち上がった時だった。 ふと土浦の歩みが止まり、笑顔で僕の方を振り返ったのは。 「ま、後はがんばれよ」 そして、僕だけを残して土浦はどこかへ行ってしまった。 薄情者だと叫びたい。 脱力してしまった僕はそのまま先ほどまで座っていた椅子に座り込んで、 目の前にあった机にまるでとろけるチーズのようにうな垂れた。 あまり人のいない教室に、軽快なメロディーが響いた。 それが僕の携帯から発している音だと理解するのにはそう時間はかからなかった。 しかし、頭の中はディスプレイに映った名前によって真っ白になる。 「…ははっ。なんだよ、土浦。そういうことか」 どうにもにやけた顔を戻すことは不可能のようだ。 それは僕が焦がれて仕方なかった名前がそうさせるのだろうことは間違いない。 そして、それを狙ったであろう張本人はここにはいない。 どうしよう、なんだか僕は土浦に最後までやられっぱなしのようだ。 『土浦くんから加地くんにメールしてやってくれって連絡がきたけど、なにかあった?』 とりあえず、僕は彼女に念願のメールを打つことに専念しようと思う。 こんな絶好の機会をそうそう逃してられない。 土浦のアドバイスを取り入れて、“一緒に帰らない?”なんて打ってしまっていることはくやしいから秘密にしておこう。 まぁ、こうして僕が嬉々としてメールを打っていることを確信しているだろう彼に、 今度会ったらジュースでも奢ってやらないことはないかな、とは思うけれど。 02 メールをしてください |