やさしい赤が、空を染めていた。 僕はまるでそんな空を浮遊するような感覚に陥っている。 今ならばきっと空だって飛べるだろうし、ヴィオラの音色だっていつもよりは数倍いい音色を紡ぎだすに違いない。 それくらい、今の僕は浮かれポンチもいいところだった。

「なんか、改めて二人で帰ると恥ずかしいね」

そう言って恥ずかしそうに頬をほんのり染めているさんが隣にいるこの状況では仕方のないことだと思う。 こういったシチュエーションは前にも何度かあったけれど、 それはただの友達同士の帰り道であって、今の恋人同士で醸し出されるこの雰囲気とはまるで違う。 なんていうか、こう、ほんの少しだけ甘いというか、心地の良い緊張感がある気がする。 (かと言って、以前一緒に帰った時に緊張しなかったのかと言えばそうでもないけれど。) なにはともあれ、僕は幸せのど真ん中にいるのだ。

「うん、なんだか本当にさんの恋人になれたんだって実感するよ」
「…なんか大げさだよ、加地くん」

さんはまた恥ずかしそうに首に巻いていたマフラーに顔をうずめた。 そんな彼女がとても可愛くて、僕まで頬を染めてしまう。 とりあえず、この甘い雰囲気から少しでも逃れようと、僕は話題を変えた。

「ねぇ、さんの家ってどの辺だっけ?」
「えっと、香穂子ちゃんの家からすぐだよ。土浦くん家もなかなか近いんだよ」
「そうなんだ。三人とも同じ小学校だったんだっけ?」
「うん、二人とも小学校からずっと友達なんだ」

さんと日野さんが、小学校からずっと同じ学校に通っていることは もはやコンクール参加者や今回のアンサンブル関係者の中では周知の事実だった。 しかし、土浦までもが、中学校は違ったにしろ、 小学生の頃から付き合いがあったなんてことは最近知ってすごく驚かされたものだ。 日野さんと土浦は最近まで小学校の頃一緒の学校だったことすら知らなかったようだが、 土浦のお母さんにピアノを教えてもらっているさんはどちらとも当時から仲が良かったらしい。 それを聞いたら、なんだか土浦はもちろん日野さんにまでもジェラシーを感じてしまうが、 こればっかりは誰にもどうしようもないことなのだと自分の中で自己完結する。

「そっか。なんか、二人の小さい頃って想像つかないなぁ」
「そうかなぁ、二人ともあんまり変わってないよ?あ、外見は大人っぽくなったけどね」
「へぇ、二人ともどんな感じだったの?」

さんはふんわりと笑いながら、当時を思い出すように話し始めた。

「香穂子ちゃんは昔から元気で活発で優しかったよ」
「ああ、日野さんらしいかも。土浦は?」
「土浦くんは運動も勉強も出来たし、相変わらずもてもてだったかな」
「…確かに二人ともあんまり変わらないね」
「ふふ、でしょ?」

実のことを言うと、日野さんや土浦の幼少時代も魅力的だったが、 さんの小さい頃の方が知りたかった。 こんなことは本人には応えづらいだろうから、今度日野さん然り土浦にでも聞きに行こうと決心した。 なんだか、僕の思考回路がストーカーみたいな感じになっているが、 恋人のことならなんでも知りたいというこの気持ちは誰もが感じることだろうから、 あまり気にしないことにする。





「私の家あそこなの」
「え、そっか。なんだか、ここまで早かったね」

最近月森くんの表情がやわらかくなっただの、冬海さんと志水くんのセットが可愛いだの、 いろいろなことを話している間に、どうやら彼女の家についてしまったらしい。 気がつけば、空はもう星が散らばり始めていた。

「うん、今日はすごく楽しかったね。ありがとう、加地くん」
「いや、僕の方こそありがとう。時間が足りないと思うくらい楽しかったよ」

実際問題、僕はもっともっとさんと話していたい。 しかし、遅くまで彼女を連れまわしていたらきっと家族だって心配するだろうから、 僕は潔く断念することにする。 ああ、楽しい時間ほど過ぎるのが早いものはないって本当のことなんだね。

「あ、私も時間が足りないなぁって思った!同じだね」
「え、さんも?」
「うん」

恥かしそうに笑うさんを見ていたら、 いつの間にか僕の口が勝手に動き出していた。

「…じゃあさ、今日電話してもいいかな?」

思わず飛び出した僕の言葉に、嬉しそうに頷いてくれたさんがいて、僕は今にも天に昇れそうな勢いだった。 彼女に別れを告げてから、どんな道を通って帰っているのかよくわかっていない。 ただ分かっているのは、僕が早く家に着きたい一心で、今までに無いくらい足取りが軽やかなことくらいだ。 ああ、早く君の声が聞きたいです。

03 電話をしてください
(09.03.13)