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「私ずっと思ってたんだけど。暑苦しくない、あの人ごみ」 「まぁ、そこは黙秘権を行使させてもらう」 パタパタと下敷きで扇ぎながら自分に風を送っていた英二が、苦笑しながら言った。 あの人ごみ、というのは彼が常用しているテニスコートを中心として群がっている集団のことだ。 比較的涼しく思える3階の窓際に座っている私でさえも、その群がりようを見たら心底暑苦しく思える。 またこの場が補習であることと、その上クーラーが効いていないという最悪な条件が見事そとってしまったために、 余計に暑さがプラスされたように感じた。 ああ、なんだかとっても暑くなってきた。 「…あんたたち、本当にテニスしてるわけ?あの群がりようはミーハーすぎる」 「普通にテニスしてるって。アイドルみたいなこと何一つやってるわけじゃないし」 「とかなんとか言って、ファンサービスで歌でも歌ってるんじゃない?」 「不二とか手塚が歌ってたら今より群がると思う、俺」 「それは言えてる。手塚が歌ってるなら私も聞きにいくよ、その珍しい様を」 うっかり手塚がさわやかに熱唱している姿を想像してしまって、私は大きな笑いをこぼした。 その次の瞬間に、前方で「ごほんっ」と咳払いをした先生が私をにらみつけた。 すいません、と軽く頭を下げて、また英二との会話に戻るために懲りずにそちらへ視線を戻す。 なにせ課題は終わってしまっているので、もう授業なんて聞いている理由がないのだ。 ごめん先生、と心の中ではそっと謝っておいた。 「補習に集中してほしかったら、クーラーくらいつけるのが常識でしょ。この夏の暑いときに」 「それは確かに!俺もせっかくやる気だったのに、台無し」 「っていうか、なんでクーラーつかないの?」 「ほら、授業の始まりのとき先生言ってたじゃん。夏休みなので光熱費節約とかなんとか」 「うわ。私立のくせにけちったことしてんのね、青学」 だらん、と自分の机にたれかかる。周りもそんな感じだった。 ただひとり違うのは、先ほどから私と一緒に話しているこの男。菊丸英二だけである。 彼は見かけと違い、きっちりと授業や補習をこなすタイプらしく、案外頭は悪くはない。 しかし、彼の脳はもっぱら文系らしく、理数系の教科ともなるとからっきしだめだった。 そのためお呼ばれしたこの補習、相変わらずまじめに課題をこなす彼を見てしまった私はつられて一緒に課題を終わらせた。 暇だ。 「仁菜、暇そうにしてるところ悪いけど、はやく丸付けしてくんない?」 御丁寧にも赤ペンを突き出して、先ほど預かったような気がする英二のプリントを指差された。 私は、とりあえず差し出されたペンを手にとってプリントに目をやってみた。 たしかに私のせいで英二は部活へ行くのがとても遅れてしまったけれど、部活にいけないのは赤点をとった英二のせいだから 罪悪感なんて微塵も感じなかった。 「まぁ、部活熱心ですこと」 「仁菜とは違って俺はがんばってんの。全国行き決まったし」 そういえば補修が始まる少し前に、英二がものすごい勢いで私のところまで来て「全国行き決定した!」と大騒ぎしていたことを、 英二がものすごく誇らしげな笑顔を向けてきた瞬間に思い出した。 「ああ、そうだっけね。いいねぇ、なんらかの形で才能が発揮できて」 「なにその微妙に無関心、みたいな反応。しかも、才能だけじゃなくて努力もあんの!」 「褒めたら褒めたで難しいヤツ。素直によろこべ!」 「…なんか、その褒め方俺の努力が認められてないみたいでいやだ」 しょんぼりとうなだれてそう言った英二の姿は、前にも何回か見たことがあった。 つい最近見かけたのは、自分の体力のなさに気落ちしていたときだったと思う。 確かその時は優しい私と不二が英二を元気付けるために、私たちの奢りということでファーストフードへ行った。 すると英二は調子に乗ってバーガーを何個も注文したものだから、私と不二、一発づつ拳骨をお見舞いしてやった。 今までの経験上、とりあえずこの男は難しい。 いつも通りに笑っていてもその笑顔の裏には悲しみが隠されていたり、ある意味においては不二よりも難しいヤツなのだ。 はぁ、とひとつため息をついた。 「才能のあるヤツの悩みだね、それは。とことんうらやましいヤツめ」 「うらやましかないよ、この状況。結構へこむんですけど」 「あーあー、しょうがない!仁菜ちゃんが英二くんの努力を認めてこれをあげましょう」 今、自分にできる最高の励ましはこれしかないし、これ以上を求められてもたぶん無理である。 つまりはこれが私の努力であり、最高傑作なのだ。 青学一難しい男への私の精一杯を、先ほど手渡された赤ペンと目の前の英二のプリントに込めて。 「・・・はなまる?」 「英二の努力と才能に、はなまる一つプレゼントですぜ兄さん」 しばらく思いがけないプレゼントに戸惑っていた英二だったけれど、 すぐにあの人懐こい笑いで「ありがと」と一言だけ言って立ち上がった。 どうやら部活へ行くらしい。 このとき、私は先ほどまでずっと恨めしかった暑さをすっかりと忘れていた。 |