思えば今日はつくづく運の悪い日だった。 今朝、通学中にわたしの前を歩いていたサラリーマンが煙草をふかしていて その煙を思いっきりあびてしまったり。 英語の小テストがあったことをすっかり忘れていたり(多分テストの結果はとても悲惨なものなのだろうことは見なくても分かる)。 そして、仕舞いには担任専用の雑用係とまで称される日直の当番の日だったりした。 その日直のせいで、わたしは今現在 両手いっぱいのノートを抱えて廊下を進んでいきながら先生を恨んでいた。

「あー、もう、ありえない…!」

 いろんなことに苛立って、思わず声を荒げる。

「お怒りのところ悪いんじゃが」

 ぽすん、とわたしの頭に軽い衝撃を感じた。 驚いて後ろを振り向けば、とても見覚えのあるクラスメイトが ノートを一冊ひらひらと揺らしてわたしを見ていた。

「ノート、落ちとったよ」
「え、あ、うん。ありがとう、仁王くん」
「おう。気をつけんしゃい」
「ご忠告どうも。それ、この上に乗せてくれる?」

 この上、と自分の顎でわたしの腕いっぱいに重なっているノートの山を指した。 自然と仁王くんの視線はわたしの腕の中のノートに集中する。 今仁王くんが差し出してくれたノートを片手で受け取ってしまえば、 この山積みのノートたちはいっきに崩れ落ちてしまうだろう。 わたしの動作はとても必然的なものだと思う。

「俺がいやだと言ったらどうするつもりじゃ?」

 仁王くんはにやりと笑ってわたしに挑戦的な視線を送ってきた。 とてもとても憎たらしい。 どうやら今日は本当に運が悪いらしかった。 こんな重いノートの山を運ばなければいけないというだけでこの上なく面倒なのに、 さらにはペテン師と言われる仁王くんにまで絡まれてしまっている。 今日ほど運が悪い日は今後のわたしの人生の中でもそうそうないだろうと思った。

「そのままほっといてそのノートは仁王くんに運んでもらうことにする」
「そんなことしてええんかのう」
「良いも悪いも、ないでしょう」
「このノートをここに捨てていくって言っても、か?」
「あー、それは困るなあ」

 気のない返事をしてやった。 素直に乗せてくれないのが悪い。

「だったらどうにかせんとな、
「もうどうもしなくったっていいよ」
「なんでじゃ?」
「なんだかんだ言いつつ仁王くんは優しいって信じてるから、わたし」
「心なしか言葉に誠意がない気がするんじゃが…」
「それは気のせいよ、仁王くん。気にしたら負け」

 わたしの返答を聞いて仁王くんがくつくつと笑い始めた。 ペテン師と有名な仁王くんは、はっきり言って掴みどころがない。 クラスメイトとしてよく話すけれど、ただそれだけの関係。 仁王くんをどうやって扱って良いものか、よく分からないのである。 笑い終わったのか、よくやく仁王くんが口を開いた。

「まぁ、俺が優しいということにしといてやる」
「あ、よかった」
「ほら、貸しんしゃい。半分持ってやるきに」
「え、いいよ。持ててるし」
曰く、優しい男なんじゃろ?俺は」

 いたずらっぽく笑って覗き込まれてしまってはどうしようもなかった。 テニス部でもダントツで人気があるほど、仁王は整った容姿をしているのだ。 そうだ、これは不可抗力なんだとわたしは自分に言い聞かせた。 仁王にうっかりときめいたなんて、冗談じゃない!

「…ありがと、仁王くん」
「どういたしまして」

 山積みだったノートが半分に減って、腕がとても楽になった。 そのおかげで、教室へ向か足取りは先ほどよりも随分と軽やかになっていた。 そんな中、仁王くんが思い出したかのように言葉を発した。

「言い忘れとったがな、

 色気のある笑顔を浮かべて、仁王くんは言ったのだ。

「俺は誰にでも優しい男なわけじゃないぜよ?」

ああ、誰か、


この感情に


答えを出して


(もうほんとうはこたえをしっているけれど、)




ペテン師なんかにひっかかるもんか!
(08.02.21)
お題提供サイトさま:SBY