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この感覚を知っていた。むずむずと鼻先をくすぐるこの感覚は、自分がもっとも苦手とするものであることを。 秋風が自分の肌にしみて少し寒いせいなのか、本当に鼻がむずむずしてきた。 それでもくしゃみは出てくれない。本当に、もどかしい。 「なに、不機嫌気味?」 夏には元気だった葉っぱたちが色づいていて、辺りの色は自分の髪色に似ていると思った。 そして、声のした先には同じように頬を紅く染めた彼女がいた。 寒がりのくせにカッターシャツ一枚でベランダにいるせいだ。 そんなことを思う自分だって同じ状況であるから、そんなこと言えないけれど。 「うるせ。ほっとけよ」 「あ、ほら見て。あの猫たち、カップルかな」 「お前、ホント話聞かねぇのな」 嬉しそうに指差して言われたら、いくら不機嫌であっても視線はそこに移る。 仁菜の言うとおり、そこには傍から見ても仲良しの猫が二匹。 それを見れば、自然とため息が出る。なんて不愉快な光景であろうか。 無意識のうちに眉間にしわができていたらしく、仁菜に指摘されてしまった。 俺にしてみれば、まさにタイムリーに嫌なところをあの猫たちに突かれた気分だから仕方がない。 あの猫のように求愛ができればどれほど楽であろうか。 確かにそれはそれでまずいけど、俺のこの苦悩はないはずだ。 まったく恨めしいとしか言いようがない。 人間という生き物はこういう時素直になれなくて困る。 「あの猫ブン太みたいだね、やんちゃだし」 「だったらあっちの猫はお前そっくりじゃねぇかよ。どんくせぇとこが」 「どんくさいの上等!」 「猫のがいくらかマシだけどな」 言葉と気持ちは裏腹だ。ただ一言、好きだと伝えればいいのにそれができない。 勇気がないのだ。ただ必死に仁菜と自分を繋いでいたいだけなのに、こう言葉にするとだめだ。 「…ブン太は口が悪いからもうしゃべらなくていいよ」 「しゃべらずにどうやって言いたいこと伝えろって言うんだよ」 「行動で示せばいいんじゃない、馬鹿ブン太?」 俺の気も知らないで、すました顔でそう言うものだから、怒りが半分とふっきれた気持ちが半分と。 じりじりと仁菜に近づく。 「ちょ、ブン太?」 俺の手をきょとんとした仁菜の頬にあてて、言葉を禁じられた俺の唇を仁菜のそれと重ねてやった。 その柔らかい感触を名残惜しみながらもぬくもりを手放す。 重なっていた影も同じようにして距離を作った。 目を丸くした仁菜にニヤリとした視線だけを投げてやった。 「ど、どういうつもり!?」 「行動で示せって言ったのどこの誰だよ」 仁菜に背を向けて歩き出した。 余裕そうに言ったけれど、俺だって心臓バクバク言ってるし顔は髪の毛と同じくらい赤いに違いない。 そんな状況なのに、鼻がむずむずしていたのが復活してきて、今度はちゃんとくしゃみがひとつ。 なんだか、すっきりした気分だった。 余裕がない彼もまた魅力のひとつ。 平井賢の歌を参考にさせていただきました。 ( 07.08.25 ) |