軽やかな足音が響く。
その足音がどこか頼りげないと感じるのは、この音の主を知っているからなのか否かはわからない。
そんな彼女から目が離せないのは、僕だけではないと思いたい。
何もないところで躓きかねない張本人は、能天気に笑顔を浮かべながらやってくる。
ああ、頼むから足元を見て歩いてくれと願わんばかりだ。
「こんにちは、チハヤくん」
「やあ、ヒカリ。なんだ、今日は躓かなかったね」
「いつも躓いてるわけじゃないもの。大丈夫よ」
にこやかに大丈夫だと宣言した彼女に、僕はため息を漏らした。
彼女の腕にほんの少しではあるが擦り傷があったからだ。
確か昨日会った時にはそんな傷はなかったはずだから、きっと今朝つけた傷なのだろう。
そんな姿を見て、どうやったらそんなことが言えるのだろうと思う。
彼女の頼りげない(というよりは、むしろどんくさいと断言した方がいいのかもしれない)行動を見て、
思わず手を貸してしまっている住人たちを、僕は何人も目撃している。
そして奇しくも、自ら他人に関わることのまったくない僕でさえそれに部類される。
ヒカリはため息をついた僕を不思議そうに見つめていた。
「あのね、大丈夫とか言うのはその腕の傷をなくしてから言うもんだよ」
傷を負った方の腕を見せるように促すと、ヒカリは素直に腕を差し出した。
「これは違うの。牛に乗ってて、降りようとした時に落ちちゃっただけで」
「なにが違うのかよくわかんないけど」
引き出しの中にしまってあった救急箱から消毒液を取り出して、ヒカリの傷口にそっと塗ってやった。
ヒカリは沁みた痛みに顔を歪めたが、僕は有無を言わさず手当てを続けた。
彼女がこの町に来てからというもの、こういった機会が増え、手当てをすることに慣れてしまった自分がいる。
元から器用だったからなのかもしれないが、
なんというか、ヒカリの及ぼす影響力は凄まじいなと思った。
「女の子なんだからさ、気をつけようと思わない?」
「ごめんね、チハヤくん。これから気をつけるようにするね」
「ほんとに分かってるのかすごい不安なんだけど」
手当てを終えて腕を解放してやると、ヒカリは嬉しそうに、“ありがとう”と言って笑った。
なんだかその笑顔を直視するのが気恥ずかしくて、仏頂面で“どういたしまして”と顔を逸らしながら返した。
呆れたり照れたり、まるで百面相をしているようで忙しい。
元から愛想がよくない僕だけど、ヒカリに対してはよくわからない母性本能的なものが働いて、
愛想がよくなるというかむしろ彼女によって僕の表情が生み出されるらしい。
(それをこの前キャシーに指摘されたときにはじめて気がついた。)
なんだか僕が僕じゃなくなってる気がして、気恥ずかしい。
逸らしていた顔をヒカリの方に向けると、なぜだか真剣な顔をしたヒカリの視線が僕に集中していた。
「なに?なんかついてる?」
「ううん、そうじゃなくって。チハヤくんが羨ましいなぁって」
「は?」
突拍子もないヒカリの発言に、思わず僕は聞き返した。
「だって、チハヤくんはお料理も出来て器用でかっこいいでしょ?」
「そこで僕に相槌を打てって言われても困るよ」
「あ、ごめんね。でもね、羨ましいなぁって思って。しかも、それだけじゃなくって…」
「なんだい?」
聞き返してみれば、さらにまじまじと僕の顔に視線を集中させてくるヒカリに、僕は思わず赤面してしまう。
「チハヤくんの肌白くて綺麗なんだもん。羨ましすぎるよ」
「…わけわかんないよ、ヒカリ」
「だって、ほら、私と比べてもチハヤくんの方が白いんだよ?」
ヒカリは、僕の腕とヒカリの腕を見比べて、それからまた僕の顔に視線を戻す。
はっきり言って、僕は日中外に出ることなんてほとんどないわけなのだから、
ヒカリのように牧場で毎日日の光を浴びている人間と肌の色を比べたら、
多少僕の方が白いのはしょうがないのではないかと思う。
それに、ヒカリだってそんなに肌が黒いわけではない。
そんなに気にすることでもないかとは思ったが、それを口にするのは躊躇われたので、僕は口を噤んだ。
「わかった、わかったから」
頼むからそんなに視線を浴びせるのはやめてくれ。
悲願にも似た気持ちが彼女に通じたのかは定かではないが、彼女の視線は自分の腕に移っていた。
「あのさ、ヒカリ」
「うん?」
再びヒカリと僕の視線が交わる。
「僕はそのままのヒカリがいいと思うけど」
なんて恥ずかしい台詞を口にしてしまったのか。
それでも、嬉しそうにしているヒカリを見ていたらなんだかそんなことどうでもよくなってしまうから不思議だ。
それがどういう意味を持つかなんて、まだ知る由もないのだけれど。
090303. 秘めやかに愛を語る
ゲーム中にチハヤの肌の白さを実感して出来た話。
彼はヒッキーだから、ヒカリちゃんよりも白くて当たり前なのよ。仕方ないのよ。
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