容姿うんぬんだって、それは確かに彼の一部であるから好きの対象に入るだろうけれど。 それをこの気持ちの原因かと聞かれれば、そうではないと思うのだ。 例えば、それは料理に取り組んでいる彼の真っ直ぐとした志だとか、 めんどくさそうにしていても、本当は優しくて暖かな人なのだとか。 根拠なんて挙げ始めたところできりが無いし、どれもしっくりこない気がする。 自分の頭の中で考えていることが矛盾していることくらいは分かるけれど、 私はそれらを理屈が通るように説明出来る術を知らない。 ただ、確かに分かることと言えば、私はチハヤくんのことが大好きだということくらいだ。

「主夫にするにはもってこいだもんねぇ、チハヤは」
「私そんな打算的なこと考えてないよ」

アルモニカのいつもの席、最早祝日意外では恒例となった夕食兼雑談会では、 いつもの如く女の子だけのトップシークレットな会話が交わされていた。 私とキャシー、たまにリーナで行われるこの恋愛雑談会は 店主のハーパーさんはもちろんのこと、チハヤくんやオセやその他常連さんまでもが知るほどに日常茶飯事となっている。 それ故に、私たちの会話内容などは毎日ほぼ同じようなことが多いわけだが (主にキャシーやリーナの惚気話となる)、 今日のお題は私にとっては少し難題であった。 (ちなみに今日は、リーナはタオさんと久しぶりのデートだということで欠席だ。)

「わかってるわかってる、ヒカリはすぐ本気にするから」
「キャシーはいつも私をからかう…」
「あら、だってヒカリ以上にからかって楽しい相手はいないからね」

からからと軽快な笑い声が店内に響く。

「で、結局答えは?やっぱり顔?それとも性格?」
「え、うーん、顔も性格も確かにそうなんだけど…全部好きだから?」
「はいはい、ゴチソウサマ」

降参、とばかりに両手を上げてひらひらと手を振るキャシーだけれども、 これは決して惚気ではなくて、不可抗力だと言いたい。 だって、“何故チハヤのこと好きなのか?”なんてどうやって答えればいいと言うのだろう。 恋に理由なんていらない、とはとても的を射た言葉だ。 私たちはそれが分かっていながら、もし無理やりにでも理由をつけるなら、 となんとも無謀なことをしているのだった。

「それじゃあ、キャシーはどうなの?何でオセのことが好きなの?」
「私かい?そうだなぁ…全部好きだから?」
「ほら、キャシーだって結局分からないでしょう?」
「確かに。でも、たまに理由って欲しくなるだろ?やっぱり考え付かないけどね」

二人して眉間に皺を寄せながら考える。 それでも、やっぱり求めている答えなんかは出てこない。 どんな難解な数学を解くよりも難しいのではないだろうか。 そもそも、答えがあるのかどうかさえわからない。 答えのないかもしれない問題の答えを導き出すことなんてほぼ不可能なのに、私たちは頭をひねらせる。 ああ、どうしよう、こんがらがってきた。
私が悶々と悩んでいると、頭の上に軽い衝撃と共に暖かなぬくもりを感じた。

「キャシー、あんまり困らせないでやってくれないかな」
「チハヤくん」

そっと右上を見上げれば、呆れたように顔を顰めるチハヤくんの姿があった。 仕事に一段落ついたのだろうか、チハヤくんが私たちの雑談会中に顔を出すなんて珍しい。 というか、私たちのこの異様なオーラというか雰囲気によって近づきがたいと言っていたのに、 今日は何事だろう。 よくわからないけれど、チハヤくんが傍にいることがなんとなく嬉しくて、つい顔が緩む。

「おや、ナイトの登場かい?」
「何馬鹿なこと言ってるのさ。…まったく、毎日同じようなこと話しててよく飽きないね」
「女の子の恋バナはいつまでもネタが尽きないもんなんだよ」
「その件に関しては僕は口を出さないけど、たまには気を使おうとか思わない?」
「うわ、チ、チハヤくん!」

チハヤくんが突然私の頭に置いていた手を左肩にのせて、私を引き寄せたものだから思わず声を上げた。 私は座っていてチハヤくんは立っているから、私の頭は必然的にチハヤくんの胸あたりに落ち着いた。 とくんとくん、とかすかに感じるチハヤくんの少しだけ早い鼓動が、なんとなく私を安心させる。 (もちろん、顔は赤面したままだけれども。だって、人前でこんなことするのはいつになっても恥ずかしいものだ。)

「まったく、お熱いことで」
「その言葉をそっくりそのままお返しするよ」

キャシーが首をかしげる。 その答えを示すように、チハヤくんは親指でカウンターの方を指差した。

「ほら、君のナイトが待ちわびてるけど?」

にやり、と形容するのがぴったりな勝ち誇った表情で、チハヤくんが言った。 チハヤくんの指差した先には、にこやかに手を振るオセがいる。 それを目にしたキャシーは、悔しそうに、それでも幾らか嬉しそうに口を開いた。

「ヒカリ、あんたのナイト、ほんと性格悪いよ」
「え、あ、ごめんね?」
「…なんでそこでヒカリが謝るのか分からないんだけど、僕」

チハヤくんが不機嫌そうに私を見る。 そして、何を思ったのか、私の頬を軽くつまんで引っ張った。

「あーもう、お邪魔者は退散しますよ」

めんどくさそうにキャシーは言って席を立ち上がったけれど、 キャシーが内心喜んでいるに違いないことはもう誰もがわかることだった。 オセの元へ向かう足取りが心なしか弾んでいるように感じるのも無理のないことだと思う。 ああ、明日はきっとリーナだけでなくキャシーにまで惚気られること間違いないだろう。 なんというか、楽しみなような、今から逃げ出したいような微妙な気持ちになった。

「で、今日は何の話してたの?」

チハヤくんは私の頬から手を離して、キャシーの座っていた席に座った。

「秘密だよ」
「ふーん、まぁいいけどさ。おかげでいいこと聞けたし」
「え、いいこと?」

私が聞き返すと、チハヤくんは頬杖をつきながら艶やかな笑みを浮かべて言葉を発した。

「全部好きだから?、だっけ」
「え!チハヤくん聞いてたの!」

私の頬に熱が集中していくのが分かる。 なんというか、今までの会話を聞かれていたとすればそうとう恥ずかしい。 聞かれたくないならこんなところで話すな、とか言われそうだが、しょうがないと思う。 乙女の対談場所は限られているのだ(主にここ、アルモニカか私の家しか集合しない)。 おかしそうにくつくつ笑うチハヤくんの顔を、見ることができない。

「秘密」

優しい声と共に私の頭にまた軽い衝撃が落とされた。 チハヤくんの手のひらのぬくもりを感じながら、そっと視線だけチハヤくんに向けてみると、 私の大好きな、チハヤくんの優しい笑顔が目に入って、なんだか嬉しくなる。 その嬉しさが次第に私の中にあった羞恥をかき消していく。 私の中の感情すべてがチハヤくんに支配されているような錯覚に陥る。 私はそれくらい、チハヤくんのことが大好きなのだ。 最早、理由なんてなくてもうそれが必然だから、きっと私には答えは不要なんだろう。
明日開かれるであろう、恒例の恋愛雑談会はきっと各々の惚気話でいっぱいになるだろうと思った。 もちろん、私の分も含めて。 恋する乙女たちは、明日もまだまだ健在である。




090323. ほら、きみに恋してる
チハヤのお話なのにキャシーの方が出しゃばる件について。 なんというか、チハヤくんとヒカリちゃんの絡みが少ないのはご愛嬌だよね。 我が家のチハヤ氏はまた一段とツンな気がする。 そして、ヒカリちゃんにはひときわ甘い。 美味しい、美味しい、美味しすぎる! こういうほのぼのしたお話久しぶりでなんか楽しかったです。 最近はむつかしい話ばっかりだから、そろそろ方向転換かなとか思って書いたお話でした。