香ばしい香りが自分の鼻をくすぐった。
ジュージュー、とフライパンの上で踊る野菜の音がリズム良く耳に届く。
そんな音を聞くのが、とても好きだった。

「カイ、焼きそばまだ?」
「あー、もうちょい」

紫のバンダナで頭を覆い、夏を探し回っているせいかすっかり焼けてしまっている肌。
忙しく動き回るその人物の表情は、今まさに料理人。
夏らしい涼しげな店内にお客らしき人はいない。
偶然そうなのかといえば、そうじゃなくて。毎日こんな状態。
儲かるの?とたずねれば、苦笑で返事が返ってくる。

「ねぇ、なんで店始めたの?」
「なんとなく」

さらっと答えて、焼きそばを一本口に入れた。
「あー・・・塩もうちょっとかな・・・?」なんて呟いて、塩を一つまみ。
カチャリ、と食器の音がしたかと思うと、自分の前には焼きそばが置かれていた。

「冷める前に食っちゃえよ。せっかく俺が作ってやったんだから」
「あー、はいはい。味わって食べる事にいたします」
「当たり前じゃん」

焼きそばを口に運んだ。
これならお店を出しても納得する味だと、味わいながらうなづいた。
おいしい、と呟くとカイは嬉しそうに笑った。




「ごちそうさま。これ、いくらだっけ?」

今日は晴天のなか、黙々と畑中に水遣りをしていたからかものすごく空腹で。
あっという間に皿は空っぽになった。
食事を済まし、そろそろ牧場に帰ろうと席を立ったそのときだった。

「いいよ、今日はごちそうしてやるって」
「え、でも、」
「こういうときの好意には甘えるもんだぜ、クレア?」

不意打ちの笑顔に思わず胸が高鳴った。
ドキドキと未だにおさまる事の無い自分の心臓に手を当てて深呼吸。

「ありがとう」

やっと出た言葉が、まともでよかったとほっと息をつく。
それでも、自分の顔が熱いのできっと赤く染まっているに違いない。
そう思って、そそくさと背を向けて歩き出した。

「おう、また来てくれよ」

返事をしないまま、店のドアを開けて外へ踏み出した。
きっと私はまたあの店に足を運んでしまうに違いない。
今どうしようもなく、あの笑顔がもう一度みたいと思ってしまっているのだから。




2006. きみが捕らえてはなさない
うちの夏男はなんていうか、軽いです。