夏といえば、なんてありふれたことを聞く気はさらさらないけれど、 もし、自分がその質問をされたとしたら、 きっと目の前に映るあなたのことを思い浮かべるのだろう、なんて私は思う。

「クレア、お前の畑でパイナップル作ってるだろ?」
「…作ってるけど、それが何か?」
「やっぱり、わかる人にはわかるんだよな!パイナップルの良さが」

 私の返答にはお構いなしなご様子で、カイは最上級の笑みを浮かべた。 彼をこんな風にさせたもの、つまりパイナップルとカイは等式で成り立つと言って良いほど、 もはや彼のシンボルと化していた。

「あの、絶妙なすっぱさと甘さ。やっぱり果物の王様はパイナップルだよな」

 目を輝かせて力説するあたりは、もうどうしようもない。 そもそも、なぜ彼が急に私の畑のパイナップルになんて興味を向けたのだろうか。 ふと、カイの表情を窺った際に、その理由は語られずとも明白となった。

「でさ、クレアんところのパイナップルわけてくんない?」
「却下」

 予想していた理由と、彼の言葉が見事に一致したことになんら喜びも感じない。 むしろ、あきれ果てたほどだ。 この牧場で、今一番の大きな収入源と言っても過言ではないものを、そう易々と手放すわけにもいかない。 そういうことをわかっていながらあえてそれを口にするこの男は、 たしかにデュークさんに毛嫌いされてもおかしくないと、再認識した。

「ふぅん。優しくて美人だと巷で有名なクレアなら、くれると思ったんだけどな」
「こんな時だけおだててあっさりと騙せると思う?」
「まぁ、思わねぇな!」
「でしょうね」
「じゃ、今日一日クレアの仕事手伝うから、その見返りということで」
「その働きを見てみないとなんとも言えないけどね」





 そんなこんなでカイを雇うことになったまでは、まだよかった。 普段調理場で働いている彼には、牧場の仕事という重労働には不向きらしい。 まるで、役立たない。 本当のことを言えば、彼の力がどうこうというわけではなく、根本的に勤労意欲がないらしかった。 ひとつの苗に水をやる度に音を上げて、木陰に腰を下ろすという行為を繰り返していた。

「何?もう、ギブアップ?」

 私は嫌味っぽく、地面に倒れこんでいるカイに問いかけた。

「んなわけねぇだろ。俺の働きっぷりをその目でよく見とけ」
「ハイハイ」

 彼には、どうも馬鹿という代名詞がぴったりと当てはまるように見えて仕方がない。 パイナップルひとつのために、ここまでするなんておかしいと思うのだ。
 ふと、カイは何かを思い出したかのように言葉を発した。

「そういえばさ、前々から思ってたけどココ、パイナップルだけ異様に多いよな」
「…まぁ、そりゃぁ一番収入がいいからね」

そんな、私の答えを聞いたのか聞いていないのか、カイは淡々と話を続ける。

「一番大切に育てられてる感じがするし」
「それは何が判断基準になってるのよ」
「動物達に荒らされないように一番遠くにしてあるトコとか」
「…あぁ、そう」

 半ば呆れかけたように呟く。

「あぁ、そういえばクリフも言ってたっけ。台風の前の日はパイナップルのトコだけ対策するって」

 先ほど、嫌味ったらしく問いかけた仕返しなのか否か。 定かではないけれど、カイの表情を見る限りは、これが先ほどの仕返しなのであると思わざるを得ない。

「あ、そういえば。いっつも夏の終わりくらいには誰かさんが差し入れてくれるよな」
「…何が言いたいのよ」

 わかってる、わかってるよ。コイツが確信犯だってことくらい。 ほら、だって嫌味ったらしい笑顔浮かべてるもの。

「いや、なんでそんなに大切にしてるのかなぁ、なんて。な?」
「それは私がカイに差し入れるためにわざと大切に育ててる、とでもいいたいのかしら?」
「そうは言ってないけどな」

 にやり、と挑戦的な視線を感じて、私はぐっと押し黙るより他無かった。 両手を小さく挙げて、悔しいけれど、本当に不本意であるけれど、言葉を漏らした。

「…降参」
「まぁ、当然だろうな」

 そう呟いて、私の頬に軽く自分の唇を押し付けた。 その行動に、私はただ赤面して奴の顔を見る事しか出来なかった。

「な、休憩かねてパイナップル食べようぜ?」
「…結局はソレ目当てなんでしょ」
「まぁ、硬い事は言わずに。な?お嬢さん」

 やんわりと笑ってそう言う彼に、結局私はそれを許してしまって。 二人で食べたそれに、甘さがぎっしりと詰まっていたのは、 きっとこれが夏の味だからなのだろうと、私はひとりごちた。




2006. 夏の甘さとは、
どうにも私の思い描く夏男にはなってくれない。(071027 - 加筆修正)